東京高等裁判所 平成2年(ネ)1327号 判決 1992年2月17日
控訴人
株式会社第一勧銀ハウジング・センター
右代表者代表取締役
後藤寛
右訴訟代理人弁護士
尾﨑昭夫
同
額田洋一
同
川上泰三
同
新保義隆
被控訴人
小郷建設株式会社
右代表者代表取締役
小郷利夫
右訴訟代理人弁護士
小山晴樹
同
渡辺実
被控訴人
株式会社東京企画
右代表者代表取締役
小郷栄子
右被控訴人ら両名訴訟代理人弁護士
大政満
同
石川幸佑
同
大政徹太郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人らの請求を棄却する。
(三) 控訴費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
本件控訴を棄却する。
二 当事者の主張
当事者双方の主張及び証拠の関係は、原判決事実摘示並びに当審における証拠関係目録のとおりであるから、これを引用する。
ただし、次のとおり付加、訂正する。
1 原判決書六丁裏一〇行目「受預」を「受領」に改める。
2 七丁裏二行目「引いて」を「ひいては」に改める。
3 九丁表二行目の「原告」を「控訴人」に同丁裏一〇行目「未登記案件」を「未登記物件」に改める。
4 一五丁表二行目から一六丁表九行目までを次のとおり改める。
七 再々抗弁
1 (差押による時効の中断)
(一)(1) 控訴人は、本件根抵当権に基づいて、物件目録一、二、七及び八記載の不動産について昭和五九年一〇月二六日東京地方裁判所に対して、同目録三ないし六記載の不動産について同日千葉地方裁判所佐倉支部に対して、それぞれ競売の申立てをした。東京地方裁判所は同年一〇月二九日に、千葉地方裁判所佐倉支部は同月三〇日に、それぞれ競売開始決定をし、東京地方裁判所は同年一一月一四日に、千葉地方裁判所佐倉支部は同年一二月二八日に、右競売開始決定正本をそれぞれ都市開発に送達した。
(2) 控訴人は、千葉地方裁判所佐倉支部に債権計算書を提出し、同裁判所は右債権計算書に基づき配当表を作成し、債務者である都市開発に対し配当期日の呼出しがなされた。
(二) 不動産競売手続における差押は、民法一四七条の「請求」の一態様であり、民法四三四条の「履行の請求」として各主債務者らに対して時効中断の絶対効がある。この理は消滅時効制度の趣旨・目的・時効中断の根拠等から明らかである。
(三) 民法一四七条にいう「請求」とは、権利者の権利主張の意思が明確に表示された行為であり、かつ債務者において右権利主張を知り得ることが予定されているものである。差押は競売手続という裁判上行使される最も強い権利主張であり、債務者が右権利主張を知り得ることが予定されているということができるから、右の要件を充足し、債務者に対する裁判上の請求に外ならない。被控訴人らは、「請求」と「差押」は区別すべきであると主張し、その論拠として、民法一四七条が「請求」と「差押・仮差押・仮処分」とを分けて規定していること、また、同法四三四条が「履行ノ請求ハ」と規定するのに対して民法四五七条が「履行ノ請求其他時効ノ中断ハ」と規定していることの対比を挙げるが理由がなく不合理である。本件においては、控訴人のなした競売手続は被控訴人ら及び都市開発に対する裁判上の請求の効果を有し、かつこれは「履行の請求」として主債務者であるユーザーらに対しても絶対効を持つから、時効は中断されている。
(四) 不動産競売手続における差押は、裁判上の催告としての効果があるというべきであり、その効果は「履行の請求」として絶対効がある。したがって、主たる債務者に対しても時効中断の効果が及ぶ。
不動産競売手続において、その申立ては債務者が弁済をしないことを理由として、債権者が手続上対立当事者である「相手方」としての地位にある債務者に対し、履行を求めるものであり、かつ、手続上、執行裁判所により右申立てに基づいて競売開始決定の正本が債務者に送達されることが定められている(民事執行法一八八条、四五条二項)。その後の手続においても債務者は各種の通知を受けるので債権者の「履行の請求」の意思は不断に連続している。したがって、債権者は、その手続を通して請求債権について継続的に権利行使をしているものであって、競売手続中は執行裁判所を通じて債権の履行を求める意思が債務者に到達しているから、裁判上の催告がなされているのと少なくとも同等の効力がある。本件においては都市開発に対する裁判上の催告として取り扱われるべきである。したがって、都市開発に対する連帯保証債務履行請求権の時効は中断され、そして連帯保証人に対する催告は「履行の請求」として主債務者であるユーザーに対しても絶対効を持つから、時効は中断されている。
加えるに、控訴人は、平成元年一〇月二五日、ユーザーの飯野幸久、渡部好男、廣田豊、森田博、大隅尚雄に対し、同月二六日に行方丈夫、福住衛、佐藤哲朗、山岸悟に対し、それぞれ東京地方裁判所に貸金返還請求訴訟を提起した。
(五) 控訴人の前記債権計算書の提出により、控訴人のユーザーに対する時効は中断された。
2 (応訴による時効中断)
被控訴人らは、昭和六〇年四月九日、東京地方裁判所に対して、控訴人を相手方として土地建物根抵当権設定登記抹消登記手続請求の本件訴えを提起した。控訴人は直ちに応訴し、請求棄却を求めるとともに、積極的にユーザーに対する主たる債権及び都市開発に対する連帯保証債権並びに被控訴人らの物上保証債務をそれぞれ主張立証した。
控訴人の右応訴は、ユーザーと連帯保証人及び物上保証人の相互の親密な関係に照らせば裁判上の請求に準じる中断効がある。仮にそうでないとしても、前述の抵当権実行の申立てや右の本件訴訟事件の応訴による債権主張には裁判上の催告の効果を認めるべきである。
3 (承認による時効中断)
(一) 本件訴訟は、昭和六〇年四月九日の被控訴人らの訴状提出により始まり、第一回期日は同年七月二二日であった。当初における裁判の争点は本件根抵当権設定契約の成否であり、控訴人の立証も専ら右契約の成立に注がれた。ところが、被控訴人らは、各金銭消費貸借の要物性の欠缺等を主張するなど訴訟の引き延ばしを図った。そして、裁判官の更迭があった後、裁判所の釈明があり、控訴人は本件根抵当権の被担保債権の存在について主張した。この点はそれまで裁判における主要な争点ではなかった。また、新構成の裁判所のもとで、証人伊藤九州男の再度の尋問、同加藤孝次の尋問も行なわれ、極めて審理は長期化した。結局、原審における実質的な審理が終結したのは平成元年三月一三日の期日であった。その後、和解期日が設けられ、当初、被控訴人らは「本件を全面的に解決したい。」と和解に応ずるかのような態度を示していたが、支払能力がないと弁明を繰り返すことにより和解期日を重ねたが、同年八月二八日の第五回期日をもって打切りとなった。
ところが、被控訴人らは和解期日の次の期日である同年九月二五日の口頭弁論期日において、突然、本件被担保債権の消滅時効を主張した。
(二) このような被控訴人らの態度は、ユーザーの主債務、連帯保証人都市開発の保証債務ひいては物上保証の被担保債権の存在を認めたうえで支払の猶予を求め、そのうちの一部を支払って物上保証の責任を免れたいということである。これは権利の存在することを知っている旨を表示することであるから、承認行為というべきであり、時効は中断する。
4 (禁反言若しくは信義則違反又は権利濫用)
被控訴人らは、前記3(一)のとおりの訴訟追行をなしたうえに、被控訴人らの消滅時効に関する主張によると、平成元年六月二二日ないし同年八月七日をもって、時効期間が経過したことになるが、被控訴人らの提出する「証明書」及び時効を援用する旨の内容証明郵便によれば最初の日付が同年九月三日であること、その内容証明郵便も被控訴人らが自ら準備して発送したことが明らかであること、ユーザーらは住所を転々としており現住所の把握には相当長期間を要したであろうことからすれば、和解交渉に応じ、かつ意図的に和解期日を重ねながら、時効援用の準備を着々と進めてきたことが歴然としている。つまり、被控訴人らは和解進行中から時効の援用を目論んでいたとしか考えられない。
被控訴人らは、消滅時効の援用のために表面的には和解に応じるかのような態度を示す一方で、ユーザーらとも接触し、時効援用の機会を見計らい、和解を打ち切ると直ちに消滅時効の主張をしたのである。右の被控訴人らの訴訟進行態度、被控訴人ら・都市開発・ユーザーらの結託、一体性に照らせば、被控訴人らの消滅時効の主張並びにユーザーらの消滅時効の援用による被担保債権の消滅の主張は、禁反言・信義則に違反し、かつ権利濫用である。
5 (大隅尚雄の一部承認)
ユーザーの一人である大隅尚雄は、昭和六〇年一月二六日、自己の債務である昭和五九年六月二九日付一七五〇万円の金銭消費貸借契約に基づく債務につき承認した。
八 再々抗弁に対する認否
1(一) 再々抗弁1(一)(1)は認め、同(2)は不知。
(二) 再々抗弁1(二)ないし(五)は争う。
2 再々抗弁2、3、4はいずれも争う。
被控訴人らが原審の当初において主に本件根抵当権設定契約をめぐる瑕疵について主張、立証したのは、控訴人が右設定契約の成立だけを主張し、その他の主張をしなかったからである。そして、今一つの重大な争点である本件根抵当権の被担保債権の存在については、控訴人は自己に主張責任があるにもかかわらず、原審裁判所から釈明があるまで主張を提出しなかったため、その点を争点とする被控訴人らの主張立証が控訴人の右主張提出より後になったのであってその原因は専ら控訴人に存する。したがって、仮に原審の審理が長期化したとしてもそれはただ控訴人の落度によるものである。
のみならず、被控訴人らは、原審の和解期日においても控訴人がユーザーに対する請求を全くしていないことを指摘してその不当性を主張しているにもかかわらず、控訴人は頑としてユーザーに対して提訴しなかったのであって、消滅時効の完成はより一層控訴人の落度に基づくのである。
また、被控訴人らが平成元年九月二五日になって消滅時効の主張をしたのは、そのころ消滅時効が完成し、主債務者によってその援用がなされたために過ぎない。
3 再々抗弁5は否認する。
理由
一当裁判所も、被控訴人らの請求は正当として認容すべきであると判断する。その理由は、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。
ただし、次のとおり訂正、削除する。
1 原判決書一八丁表一〇行目から二〇丁裏一行目までを次のとおり改める。
2 (差押による時効の中断)
これに対して控訴人は、不動産競売手続における差押は、民法一四七条の「請求」の一態様であって民法四三四条の「履行の請求」として各主債務者らに対して時効中断の絶対効があるとし、或いは控訴人のなした競売手続は被控訴人ら及び都市開発に対する裁判上の請求の効果を有するとし、仮に然らずとするも、裁判上の催告としての効果があると主張する。
(一) 控訴人が、本件根抵当権に基づいて、物件目録一、二、七及び八記載の不動産について昭和五九年一〇月二六日に東京地方裁判所に対して、同目録三ないし六記載の不動産について同日に千葉地方裁判所佐倉支部に対して、それぞれ不動産競売の申立てをし、東京地方裁判所は同年一〇月二九日に、千葉地方裁判所佐倉支部は同月三〇日に、それぞれ競売手続を開始し、東京地方裁判所は同年一一月一四日に、千葉地方裁判所佐倉支部は同年一二月二八日に、右競売開始決定正本をそれぞれ都市開発に送達したことは当事者間に争いがない。
また、<書証番号略>によれば、控訴人が、千葉地方裁判所佐倉支部に債権計算書を提出したことが認められる。
(二) 既に説示したように、本件における被控訴人と都市開発は物上保証人と債務者、都市開発とユーザーは連帯保証人と主債務者という関係にあるから、債権者の物上保証人に対する競売手続の申立てや競売手続の開始に対する主債務者であるユーザーの借入債務の消滅時効に対する中断効の有無につき判断するためには、右競売手続の申立てや開始が都市開発の有する連帯保証債務履行請求権の時効を中断するかという問題と、これが肯定された場合に右連帯保証債務履行請求権の時効中断がその主債務であるユーザーの借入債務にいかなる影響を与えるかの問題を順次検討する必要がある。
(1) 都市開発に対する効果
ア 一般に担保権に基づく競売手続は強力な権利実行手段であり、時効中断事由として民法一五四条所定の「差押」の効力を有すると解すべきことは疑いを容れない(民事執行法一八八条、四五条一項)。そして、債権者である担保権者が物上保証人に対して担保権の実行として競売の申立てをし、執行裁判所が右競売開始決定正本を債務者に送達した場合(民執法一八八条、四五条二項)は、債務者についても、民法一五五条により差押による被担保債権の消滅時効が中断する効果が生ずると解される(最高裁昭和五〇年一一月二一日第二小法廷判決・民集二九巻一〇号一五三七頁参照)。しかるところ、本件においては、前記のとおり、東京地方裁判所が昭和五九年一一月一四日に、千葉地方裁判所佐倉支部が同年一二月二八日に、右競売開始決定正本をそれぞれ都市開発に送達したことは当事者間に争いがないから、被控訴人らに対する競売により、本件根抵当権の被担保債権の債務者である都市開発の連帯保証債務についての消滅時効は中断されたということができる
イ ところで、控訴人は、競売の実行手続が民法一五四条所定の「差押」としての意味を有するほか、同法一四七条の「請求」、ひいては一四九条の裁判上の請求としての効果を併有し、しかも債務者と物上保証人がいる場合、担保権の実行としての競売は単に物上保証人のみに向けられた手続ではなく、被担保債権の債務者をも相手方とする手続であるから、控訴人の都市開発に対する連帯保証債務履行請求権は、裁判上の請求により中断されると主張する。
しかし、右見解には左袒することができない。すなわち、控訴人の主張は、競売の実行手続には、民法一四七条二号の「差押」として時効中断効があるほかに、同条一号の「請求」ひいては同法一四九条の裁判上の請求としての時効中断効もあることを前提とするものである。なるほど、担保権実行による競売の申立ては、債務者が債務の弁済をしない場合に債権者が自己の権利の満足を得るため、裁判所に対し、対象不動産を差し押え、所定の手続により配当すべきことを求めるものであり、「履行の請求」の意思を含むと考えられる。しかし、同法一四七条は、一号の「請求」と並んで二号で「差押・仮差押・仮処分」を時効中断事由として独立・区別して列挙しているところ、控訴人の見解を是認するとなれば、差押があった場合は同時に裁判上の請求による中断もあることになるから、差押を請求と区別して独立の時効中断事由として規定する意義も必要性もない筈である。したがっで、両者について号を別にして規定することは文理構成上背理というほかない。また、同条が請求の外に、差押等をもって時効中断事由として掲記したのは、請求は、債権者が裁判上或いは裁判外のいずれであれ債務者に対し、債務の支払(履行)を求める意思の通知であるのに対し、差押等は、裁判所に対し、法規により権利の実現を求めるものであるという区別があり、しかも、差押等が必ずしも裁判上の請求があったことを前提とするものではなく、判決があっても、その時から再び時効が進行することをおもんばかり、差押をわざわざ別に中断事由としたものと解されることを考慮するなら、請求と差押等は意義や概念を異にするものといわなければならない。
ウ 次に、控訴人は不動産競売手続における差押について債務者たる都市開発に対する裁判上の催告としての効果があると主張する。
ところで、催告とは、債務者に対して履行を請求する債権者の意思の通知であるところ、後に適法な中断手続が行なわれるまでの間限定的に時効を中断する効果を付与するのが相当である場合には広く認められて然るべきである。しかるところ、前記のとおり担保権実行による競売の申立てとそれに基づく手続においてなされる競売開始決定正本の送達も広い意味では債権者の「履行の請求」の意思を包含していると考えることができるから、右の催告としての意義を有すると解することができる。けだし、催告は裁判上の請求とは異なって何らの形式も必要とはしないから、担保権実行手続の一環としてなされる競売開始決定が、差押の効果を持つことは当然としても、その中に債務者に対して履行を請求する意思が含まれている以上、その正本が債務者に送達されることにつき催告としての側面を否定することはできない。そして、債務者に対する送達は、債権者自らがなすものではないが、債権者がその意思に基づいて開始した競売手続上当然なされることが予定されているということができ(民事執行法一八八条、四五条二項)、また、これを民法一四七条の「請求」の一種である催告と解したとしても、六か月以内に他の強力な中断手段を講じない限り時効中断効を否定されてしまう程度の弱い効力しか有しないのであるから、同条において差押が独立の中断事由として掲記された意義を没却することにもならない。
しかしながら、競売開始決定正本の送達とこれに引き続く競売手続を裁判上の催告と認めることはできない。裁判上の催告とは、本来は請求としての完全な中断効を認めることはできないが裁判において債権者がその権利を主張していると認めるのが相当とされる場合に、手続が係属してその主張もまた維持されている間、催告も継続していると認めて暫定的な時効中断効の存続を認めるものであり、その実質的な根拠は、権利主張がなされた裁判上の手続の性格とこれに基づく権利主張の態様からみて、裁判上の手続の係属が債務者に対する権利行使(催告)の継続と同価値であると評価できることにあると解される。
思うに、担保権の実行による競売は、担保権設定者に向けられた担保権の換価権能に基づくものであるから、債権者がその手続において基本的に主張すべき権利は担保権の存在であり、被担保債権の存在は担保権の付従性から必要とされるにとどまる。本件のように担保権設定者と債務者が異なる物上保証の場合においても、債権者は、競売手続において、担保権設定者に対して担保権の存在を主張すると同時にその被担保債権の存在も主張する必要があるが、被担保債権の存在を手続上主張する相手方はあくまでも担保権設定者であって債務者ではない。債務者は被担保債権の支払をすべき義務者であるが、担保権の実行手続においては直接の当事者(相手方)になるものではない。なるほど、担保権実行の手続によって、債務者が負担する債務の消長を来たすがそれは担保権が実行されたことによる弁済の効果にすぎないし、債務者が担保権の不存在又は消滅を理由として不動産競売の開始決定に対して執行異議の申立てをすることができるのは、債務者と物上保証人間には通常強い利害関係があるために債務者にも申立権を認めたものであって、担保権が具備する換価権能の実現という担保権実行手続の本質をいささかでも動かすものではない。したがって、担保権実行手続は担保権設定者に向けられた手続というべきであって、これを債務者に対する手続と理解することは正当ではない。
また、民事執行法上、物上保証における債務者が一定の限度で手続に関与する機会を与えられることは認められるが、そのような各種の通知又は呼出しは右手続の利害関係人である債務者に不測の損失を及ぼすことを防止し、不意打ちを避けるためのものにすぎないのみならず、訴訟手続における口頭弁論の一体性の原則及びその継続的な実施と対比すると、その通知等は断片的かつ不連続であり、しかも右通知等は裁判所の職権に基づく進行管理によるのであって債権者の意思に基づくものはなく、債権者の関与の度合いは極めて希薄である。したがって、裁判所によるこれらの通知等があるがゆえに、債権者の債務者に対する「履行の請求」の意思が終始表明され続けていると観念することは相当ではない。
以上のとおり、担保権実行に基づく競売の申立てとそれに基づく手続を債務者に対する債権者の権利主張とみることはできず、また、権利主張の態様からみても債務者に対する権利行使の意味が希薄で継続性に欠けるというべきである。よって、いったん競売開始決定の正本が債務者に送達された以上はその後競売手続が係属する限り債権者が債務者に対して催告を継続するのと同様の価値を有すると評価することはできない。
そうであれば、本件においては、競売開始決定正本の送達の後、六か月の間に他の裁判上の請求、差押、仮差押等の時効中断事由をとらない限り、催告としての中断の効力はないが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。
(2) ユーザーに対する効果
ア 本件根抵当権の実行手続がユーザーに対して向けられた手続といえないことは明らかである。また、執行裁判所が右競売開始決定正本をユーザーに対して送達することは通常ありえず、また、差押を特に通知したことを認めるに足りる資料もないから、ユーザーに対する関係で民法一五五条によりその借入債務の消滅時効が中断することはない。
イ ところで、都市開発とユーザーは、連帯保証人と主債務者の関係に立つから、都市開発に生じた時効中断は、民法四五八条、四三四条に基づき、「履行の請求」に基づく時効中断に限り絶対効があり、主債務者であるユーザーの借入債務の消滅時効を中断する。しかし、前記のとおり都市開発の債務の消滅時効中断は、同法一五五条に基づいて、被控訴人らに対する差押の効果が債務者たる都市開発に拡張されたものにすぎない。右の拡張された差押を理由とする時効中断に絶対効を認めることはできないので、ユーザーの借入債務の消滅時効も中断されると解することができない。
ウ これに対し、控訴人は、民法四三四条の「履行の請求」には差押を含むから、その絶対効によりユーザーの借入債務の消滅時効は中断されていると主張する。しかし、既に説示したとおり、差押は請求とは別個に時効中断事由として規定されているのであり(同法一四七条)、請求の中に差押が常に含まれるとした場合は、右規定においてわざわざ差押を定めた意味を失う結果となるから、差押と請求は別個の中断事由であると解すべきである。そして右の時効中断事由を定めた規定を前提とする同法四三四条が、「履行の請求」を理由とする時効中断に絶対効を認める旨定め、差押等の他の中断事由については触れていない以上、これら「履行の請求」以外の中断事由には絶対効を認めない趣旨であると解釈するほかない。また、このことは同法四五七条においては特に「履行ノ請求其他時効ノ中断」と規定していることに対比しても根拠付けられる。
エ 都市開発との関係で、裁判上の請求又は裁判上の催告を理由とする時効中断が認め難いことは前記説示((1)イ、ウ)のとおりであり、他に「履行の請求」に該当する事由は存しない。
(三) 以上のとおり、控訴人の差押による時効中断の主張は理由がない。
3 (応訴による時効中断)
控訴人は、被控訴人らが提起した本件訴えに対して控訴人が応訴し、ユーザーに対する主たる債権及び都市開発に対する連帯保証債権並びに被控訴人らの物上保証債務をそれぞれ主張立証したことをもって、裁判上の請求に準じる中断効があり、仮にそうでないとしても、裁判上の催告の効果を認めるべきであると主張する。
しかし、本件訴えは、控訴人と被控訴人ら間の訴訟であり、控訴人がユーザーに対する主たる債権及び都市開発に対する連帯保証債権並びに被控訴人らの物上保証債務をそれぞれ主張立証したとしても、そのことの故に、控訴人とユーザー間の借入債務につき裁判上の請求若しくは裁判上の催告として時効中断の効果があると解すべき根拠はない。もっとも、控訴人は、被控訴人らとユーザーとの間に密接な関係があるとするが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りる証拠はなく、かえって、弁論の全趣旨によればユーザーは都市開発から不動産を買い受けた一般購入者にすぎないのであるから、控訴人の主張は理由がないことが明らかである。
4 (承認による時効中断)
控訴人は、被控訴人らの応訴及び和解追行態度は、ユーザーの主債務、連帯保証人都市開発の保証債務ひいては物上保証の被担保債権の存在を認めたうえで、支払の猶予や一部を支払って物上保証の責任を免れたいということであり、承認行為というべきであると主張する。
一件記録によれば次の事実を認めることができる。
(一) 被控訴人らは、昭和六〇年四月九日、本件訴状を東京地方裁判所に提出して本訴を提起した。右訴状においては、被控訴人らは、本件根抵当権の不成立及び錯誤無効並びに本件根抵当権の被担保債権の不存在を主張していた。
(二) 第一回口頭弁論は昭和六〇年七月二二日に開かれ、その後昭和六一年五月二八日の第六回口頭弁論までは当事者間の弁論が重ねられた。その間、被控訴人らは控訴人に対し、本件根抵当権の被担保債権の範囲について求釈明をするとともに、都市開発と控訴人によるユーザーに対する融資金の流用を主張し、さらに融資金がユーザーへ実質上交付されていないことを理由に金銭消費貸借契約の要件である要物性の欠缺を主張した(昭和六〇年九月三〇日付準備書面)。控訴人は被担保債権の内容を明らかにしたうえ、被控訴人らの右主張を全面的に否定した(昭和六〇年一一月一八日付、昭和六一年三月七日付準備書面)。
(三) その後次のとおりの証拠調がなされた。
第七回期日(昭和六一年八月二七日)証人伊藤九州男
第八回期日(同年一一月二六日) 同
第九回期日 (昭和六二年三月二日)証人佐藤昇
第一〇回期日(同年四月二七日) 同
第一一回期日(同年六月二九日) 同
(四) この後昭和六二年七月二三日及び同年八月六日の二回の和解期日が設けられたが不調となった。
(五) 控訴人らは、第一二回期日(同年一〇月五日)において証人鈴木朝光を申請し、同証人は第一三回期日(同年一二月七日)において取り調べられた。また、控訴人は同日付準備書面において保証契約の存在、控訴人とユーザーとの間の金銭消費貸借契約の有効性等について主張した。これに対して被控訴人らは、第一四回期日(昭和六三年一月二七日)において、右の主張に反論した(同日付準備書面)。また同日控訴人は、控訴人がユーザーに対して有している貸付債権の詳細(契約日、貸付金額、残金、期限の利益喪失日、利息及び遅延損害金の額)を明らかにした。これに伴い、控訴人は、ユーザーとの関係を明らかにするため再度証人伊藤九州男の取り調べを申請、採用され、第一六回期日(同年六月一五日)及び第一七回期日に尋問がなされた。被控訴人らは、第一六回期日において自己の論旨を整理し、①都市開発と控訴人間の保証契約の不存在、②本件根抵当権設定契約の無効、③控訴人とユーザー間の消費貸借契約の要物性欠缺による不成立、④故意による条件成就妨害、を主張した(昭和六三年六月一五日付準備書面)。
(六) この後の人証の取り調べは次のとおりである。
第一七回期日(同年九月七日) 証人加藤孝次
第一八回期日(同年一一月二日) 同
第一九回期日(平成元年一月二三日)被控訴人小郷建設代表者
第二〇回期日(同年三月一三日) 同
そして、概ねこの段階で証拠調は終了し、第二〇回期日に和解が勧試された。
和解期日は、平成元年四月一二日から同年八月二八日まで五回の期日が重ねられたが、結局和解は整わず、打ち切られた。
(七) 被控訴人らは、第二一回期日(平成元年九月二五日)において、ユーザーが控訴人に対して有する不法行為に基づく損害賠償請求権との相殺を主張するとともに、控訴人のユーザーに対する貸付債権についての消滅時効をはじめて援用した(同日付準備書面)。
以上の事実によれば、被控訴人らの主張は多岐にわたり、さまざまな論点を陳述しているが、遅くとも昭和六〇年九月三〇日の第二回口頭弁論期日には控訴人とユーザーとの間の消費貸借契約に関して要物性の欠缺を理由としてその無効を主張していたことが明らかである。またそれまでの本訴の経緯に照らしても、被控訴人らが、訴訟上、ユーザーの主債務の存在を承認していたことを認めるに足る事実はない。
和解に関しての詳細は本件証拠上必ずしも明らかではないが、弁論の全趣旨によれば、被控訴人らは和解において五〇〇〇万円の和解金を支払う旨申入れていたことを認めることができる。ところで、裁判所の勧試に基づく和解は、一般に、裁判所による仲介・斡旋の下に、当事者が自己の主張の当否や立証の程度等訴訟の成否に関する諸般の事情を勘案して和解案を提出、交換し、次第に熟して合意に至るという過程を辿るのであるが、交渉途上の和解案それ自体は、合意が成立した場合に始めて効力を生じさせるという意味において浮動的かつ仮定的なものであり、当事者は、特段の事情がない限り和解成立に至るまで何らの法的拘束を負わず、また当事者の申立て又は主張の当否如何とは一応切り離し、これに影響を与えないことを前提として提出されていると考えられる。したがって、和解期日における交渉に際して、仮に被控訴人らが何らかの金員を支払うことに応じる案を示していたとしても、そのことをもって、ユーザーの主債務、連帯保証人都市開発の保証債務及び物上保証の被担保債権の存在を認めたうえで支払の猶予を求め、そのうちの一部を支払う趣旨であるとまで認めることはできない。
5 (禁反言若しくは信義則違反又は権利濫用)
控訴人は、被控訴人らの消滅時効の主張は、禁反言・信義則に違反し、かつ権利濫用であると主張する。
しかしながら、前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、本訴の争点は、当初は、本件根抵当権若しくはその被担保債権である保証契約の存否と有効性に向けられて主張がなされ、その関係の証人伊藤九州男等の証拠調がなされていたが、都市開発と控訴人によるユーザーに対する融資金についての流用の有無が重要な争点の一つとなり、被控訴人らからは融資金がユーザーへ実質上交付されていないとして要物性の欠缺が主張されたことから、控訴人は、昭和六三年一月二七日裁判所の釈明に応じて、控訴人がユーザーに対して有している貸付債権の詳細(契約日、貸付金額、残金、期限の利益喪失日、利息及び遅延損害金の額)を明らかにしたこと、その後、控訴人とユーザーとの関係を明らかにするため証人伊藤九州男の再度の取調べやその他の人証の取調べがなされたこと、が認められる。右のような本訴の経緯に照らせば、原審の審理の長期化の原因が、被控訴人らの引き延ばしによるとは認め難い。
和解期日についてみると、前記認定の事実によれば、第二〇回期日の和解勧試によって開かれた和解期日は、平成元年四月一二日から同年八月二八日まで五回の期日であるに過ぎず、この四か月の和解期間が通常の裁判上の和解手続と比較しても著しく長期にわたるということもできないし、被控訴人らが和解勧試を積極的に希望して控訴人をこれに引き込み、さらにこれを引き延ばしたとする証拠も見出すことはできない。また、仮に本訴の証拠調がほぼ終了したと思われる第二〇回期日に結審していたとしても、その後の控訴審等の手続を考慮に入れるならば、右和解の実施が時効期間満了の決定的要因となったとも言い難い。
さらに翻って考察すると、控訴人はいつなんどきでも、訴訟を提起することによりユーザーとの間の債権に関して時効を中断することができたはずであり、また主債務者に対する権利行使である以上法的な見地からはこれが本来の道筋・債権回収手段であるといっても差し支えない。この控訴人の債務者に対するかかる権利行使に関して、被控訴人らが何らかの妨害行為に出たことをうかがわせる証拠はない。
右のような訴訟の経過や関係人間の動向をみると、控訴人が主たる債務者に関する消滅時効の問題を顧慮しなかったか、そうでないとしても法的に対処し得ると判断した結果、ユーザーに対する訴訟提起を懈怠したというに過ぎない。これに対して、被控訴人らが消滅時効の問題を察知しつつ、相手方に告知しないでその期間満了を待ち、満了するや直ちに消滅時効の主張をなしたとしても訴訟上の対立当事者として背信的な行為であるとはいえない。
以上を総合すると、被控訴人らの消滅時効の主張が、禁反言若しくは信義則に反し、又は権利濫用になるとは考えることができない。
6 (大隅尚雄の一部承認)
控訴人は、ユーザーの一人である大隅尚雄につき債務承認があったと主張するが、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。なお、仮にこれがあるとしても、主債務者に生じた債務承認による時効中断は、その連帯保証人である都市開発に対しては効力があるが、物上保証人である被控訴人らの固有の時効援用権との関係では相対的効力を有するにとどまることを付記する。
2 二〇丁裏二行目「(三)」を「7(債権計算書の提出による時効中断)」に改め、「さらに、」以下を改行する
3 二一丁表五行目から同丁裏九行目までを削除する。
4 二一丁裏一〇行目「(五) なお、」を「8 (ユーザーに対する訴訟提起)」に改め、「被告は、」以下を改行する。
5 二二丁表五行目「3」を「三」に改める。
二 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岡田潤 裁判官安齋隆 裁判官森宏司)